進化倫理学をはじめて学ぶ人にオススメの入門書

進化倫理学をはじめて学ぶ人にオススメの入門書

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目次

進化倫理学とは?

最近、「進化倫理学」に関する本をちらほら見るようになってきた。

「進化倫理学」(進化論的倫理学)とは、進化論の視点から人間の道徳規範について考察する学問領域のことである。

なぜ進化論の視点から考察するのかと言うと、〝~すべし〟と求めたとしても、その規範を守ることがヒトという動物として〝できる〟のでなければ意味がないからだ。

そのため、人間がどのような特性を持つのかについて知ることが重要になってくるのである。

進化倫理学前史

ダーウィンの進化論

進化倫理学は、チャールズ・ロバート・ダーウィン(Charles Robert Darwin、1809/2/12~1882/4/19)が唱えた進化論以降の展開の上に成り立っている。

ダーウィンの進化論では、〝すべての動物は「自然選択」のメカニズムによって共通の祖先から枝分かれ=進化してきた〟と考える。

つまり、〝ある環境に適した変異をした個体が、そうでない個体よりも多くの子孫を残していき、それがやがては進化という変化になっていく〟と考えるのである。

ここには、弱肉強食という概念や、進化そのものに価値を認める発想はない。

しかし、この考え方は、人間と動物は〝親類〟なのであるから動物への配慮が必要だという考え方を生んだ一方で、ダーウィンの考え方を曲解し、人間も動物なのであれば弱肉強食を認めてもよいという考え方をも生み出した。

ハーバート・スペンサーの進化倫理学

弱肉強食を認める後者の考え方をとった人物の1人に、イギリスの哲学者・社会学者であったハーバート・スペンサー(Herbert Spencer、1820/4/27~1903/12/8)がいる。

スペンサーは、進化論を生物学のみならず倫理学にも適用していった。

そして、ダーウィンの「自然選択」を「適者生存」と言い換え、関係者全員の最大幸福をめざす功利主義的な観点から、「適者生存」をもたらす進化は人間社会を善い方向へ導くと考えた。

つまり、「適者」ではない能力が劣る者を救済して彼らが生き延びると、社会の進化が妨げられるから、国は最低限の自由だけを保障すればよく、あとは自由放任にしたほうが、適者が増えて社会が進化し、人びとは幸福になれると考えたのである。

ここに、「社会ダーウィニズム」(社会進化論)と呼ばれる考え方の萌芽が見て取れる。

ただし、進化そのものに価値を認める発想は、まだ明確にはない。

進化は人びとを幸福にする手段であるという発想にとどまっている。

スペンサー以後の進化倫理学

スペンサーの影響を受けた「社会ダーウィニズム」の人びとへいたると、ついに進化に特定の価値が与えられ、〝進化=進歩=善〟だと考えられるようになった。

つまり、彼らは、弱肉強食によって能力が劣る弱者が淘汰され、能力が優れた強者=適者が生き残っていくのが進化であり、そうやって人間の社会は進歩するのだから、進化は善いことだと考えたのである。

場合によっては、ある特定の人種が適者だとみなされもした。

つまり、社会ダーウィニストたちは、自然界を容赦なき弱肉強食の世界とみなして、その考え方を人間社会にも適用しようとしたのである。

現代の進化倫理学

道徳の起源は?

現代の進化倫理学は、かつての社会ダーウィニストたちのように、能力が劣る者が淘汰されることで社会が善くなるなどとは考えない。

〝進化=進歩=善〟という思想とは訣別(けつべつ)している。

その代わり、現代の進化倫理学は、自然選択の基準を種や個体ではなく遺伝子だとし、個体や種は遺伝子を子孫へ伝えていくための〝乗り物〟にすぎないと考える進化生物学による2つの知見をベースにしている。

1つは「血縁選択説」である。

これは、〝個体が自分自身の利益のためではなく子どもや家族のために利他的にふるまうのは遺伝的形質を伝えるのに役立つからであり、そうした形質が長い期間を経て残っていく〟という考え方である。

もう1つは「互恵的利他行動」だ。

これは、あとで〝お返し〟をしてくれそうな赤の他人の利益のために利他的にふるまう生物学的戦略のことである。

現代の進化倫理学者の多くは、進化生物学によるこれら2つの知見を道徳の起源としてとらえ、人間は自己の「生物学的利益」を得るために倫理的=利他的にふるまうと考えている。

いま議論されていること

進化倫理学における議論は、以下のようにまとめられよう――

人間はいかにして、利他的にふるまうことを身につけてきたのか?
なぜ募金や寄付などのように、お返しが見込めない赤の他人に対して利他的にふるまうのか?
人間が追求しているのは「生物学的利益」だけではないのではないか?

また、こうした問題意識への考察がなされる一方で、

そもそも倫理と、遺伝による心理的基盤とは無関係なのではないか?

といった議論もある。

オススメの入門書

『進化倫理学入門』(内藤淳 著)

著者は、法哲学が専門の内藤淳(ないとう・あつし)氏である。

氏は、人権の正当性の根拠を人間に普遍的な要素に求める研究において、進化心理学の知見を参照している。

その内藤淳氏による本書『進化倫理学入門』は、初心者向けに進化倫理学の基本的な考え方を紹介した希有な1冊だ。

本書『進化倫理学入門』のスタンスは、〝倫理の基礎には自己利益の追求があり、その自己利益の追求の根拠を進化生物学に求める〟というものである。

こう聞くと、〝利他的な道徳や愛情よりも卑しい自己利益を重視している〟と思われるかもしれないが、そうではなく、人間の生物学的な現実を見据えつつ、互恵が成り立つ根拠として自己利益を位置づけている。

そのうえで、最終的には、自由で平等な社会の正当性を進化論の援用によって基礎づけている。

本書『進化倫理学入門』は、専門用語や人名がほとんど登場せず、とても平易な書き方であり、豊富な事例に即した記述なので、楽しく読める。

『進化倫理学入門』(スコット・ジェイムズ 著)

本書『進化倫理学入門』の著者は、道徳哲学者のスコット・ジェイムズ氏である。

そのジェイムズ氏が、主に進化生物学の知見に焦点を当て、それが倫理学とどのような関係にあるかについて体系的に論じている。

今現在どのようなことがわかっているか、あるいはわかっていないか、それにもとづくとどのようなことが言えるのか、誰が何と言っているのか、何が課題なのか?――

こうしたことが明確に理解できるスグレモノである。

日本では、他に類書が見当たらないだろう。

なお、本書『進化倫理学入門』は、入門書といっても、上記の内藤本にくらべると、明らかに専門家向けの入門書(解説書)である。

しかしながら、訳者の児玉聡氏のこなれた訳文もあって、一般読者であっても、それほど苦労することなく読み進められるはずだ。

進化倫理学をはじめて学ぶ人にオススメの入門書

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