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哲学よりも倫理学から始めるほうがスムーズに入門しやすい
倫理学も哲学と同じように、〝言葉だけを頼りに、自分が納得するまで考える〟のが基本姿勢である。
でも、両者は扱う対象が異なる。
よく〝(広い意味での)哲学は、真・善・美を対象にする〟と言われる。
真とは〝ほんとう〟、善とは〝よい〟、美とは〝美しい〟である。
そして、真を対象にするのが(狭い意味での)哲学、善を対象にするのが倫理学、美を対象にするのが美学である。
真を対象とする(狭い意味での)哲学は、「哲学的思考を身につけるには?」のなかで書いたように、〝なぜ、ぼく(わたし)はここに存在しているのか?〟〝死とはどのようなものか?〟〝何を知ることができるのか?〟というような問いを考える。
一方、善を対象とする倫理学は、〝なぜ悪いことをしてはいけないのか?〟〝ぼく(わたし)はいかに生きるべきか?〟〝道徳にはどれほどの客観性があるのか?〟というような問いを考える。
問いのあり方をくらべてみるとなんとなくわかるが、〝どのようにあるか?〟という哲学の問いよりも、〝いかにすべきか?〟という倫理学の問いのほうが、とっつきやすい。
つまり、たとえば、〝自分という存在はどうあるのか?〟という問いより、〝いかに生きるべきか?〟という問いのほうが、具体性があるからだ。
なので、倫理学よりも哲学のほうに興味があるのなら、あるいは、あなたがすでにのっぴきならない哲学の問いを抱えていたり、〈この哲学(者)から学んでみたい!〉と思っていたりするのでないのなら、倫理学から始めるほうがスムーズに入門しやすいのではないかと、ぼくは思う。
倫理学は宗教ではない
〝言葉だけを頼りに、自分が納得するまで考える〟のが倫理学の基本姿勢だと言っても、倫理学を宗教のようにとらえてしまう人は少なからずいる。
たとえば、〝どのような状況でもウソをついてはいけない〟と、ある倫理学者が(カントのように)主張すれば、まるで自分が信じる宗教の教主が言ったかのように、それに簡単に同意し、自分の道徳原理にしてしまうような人である。
これは、倫理学も宗教も、〝どう行為すればいいか?〟という判断基準=「規範」を問題にすることから起きるように思われる。
しかし、両者は、その扱い方が異なる。
倫理学は、たとえば、「なぜウソをつくのは悪いのか?」というように、規範の根拠を問う。
一方、宗教は、規範そのものを提示する。
つまり、宗教は、「ウソをついてはいけない」と戒(いまし)めるのである。
また、宗教と倫理学には、営みのスタイルにおいて決定的な違いがある。
宗教には、その教えにおいて、〝それは絶対に疑えないという一点〟がある。
たとえば、キリスト教における聖書の言葉や、仏教における縁起がそうである。
一方、倫理学では、いかに偉大な哲学者や倫理学者の学説であっても、まるで卓袱台(ちゃぶだい)をひっくり返すように根本的に疑い、批判することができる。
このように、倫理学と宗教は根本的に違うのである。
この認識をもつことは、倫理学に入門するうえで、とても大切なことだと思う。
なお、倫理学(と哲学)をはじめて学ぶ方には、下記の入門書の他にも、このサイトのなかの「西洋哲学史と倫理学の基礎知識」をご参照ください。
オススメの入門書
『プレップ倫理学[増補版]』
本書『プレップ倫理学[増補版]』の著者は、倫理学者の柘植尚則(つげ・ひさのり)氏である。
『近代イギリス倫理思想史』とか『良心の興亡』といったむずかしめな専門書を著している一方で、本書『プレップ倫理学[増補版]』は、いたってふつうの言葉で書かれていて、読みやすい。
これだけ平易でコンパクトな倫理学の入門書は他にないだろう。
だから、中高生でもラクに読み通せる。
「読者の問題関心に寄り添いながら、平明な記述に徹した『入門の入門』」という帯の言葉どおりだ。
それでいて、規範倫理学、徳倫理学、メタ倫理学、他者論、社会哲学、正義論、応用倫理学など、倫理学全体を見渡しながら、重要な論点と倫理学的思考がどのようなものかについて理解できる。
ぜひ最初に読んでほしい。
『ふだんづかいの倫理学』
本書『ふだんづかいの倫理学』も、いたってふつうの言葉で書かれた入門書だ。
予備知識は必要ない。
それでいて、『プレップ倫理学[増補版]』よりも、倫理学的思考がさらにくわしく展開されている。
京都や大阪の大学で講師を務める著者の平尾昌宏氏は、「まえがき」で、「基本コンセプトは、倫理学の常識を無視した分かりやすさで、しかも倫理の全体が見渡せて、なおかつ、普段の生活や趣味やビジネスに活かして使えるという、ぜいたくなものです」「せっかく倫理学を学ぶのなら、入門して、少なくとも実際に使ってもらえるくらいまでは学んでもらいたい。そう思ってこの本を書きました」と、本書『ふだんづかいの倫理学』の特徴を語っている。
『プレップ倫理学[増補版]』の次に読めば、倫理学的思考がどのようなものか、その基礎は身につくはずだ。
『倫理とは何か』
本書『倫理とは何か』の表紙にはネコが描かれている。
実は、このネコが曲者(くせもの)である。
名は「アインジヒト」。
大学教授の「M先生」の倫理学の講義をきいた「祐樹」と「千絵」という2人の学生が、アインジヒトとあれこれ議論するのだが、そのアインジヒトの批判が過激、というか〝危険〟なのである。
なぜなら、M先生の講義内容=過去の哲学者たちの学説のベールをはがし、倫理学の〝語られない前提〟を明らかにしてしまうからだ。
では、〝語られない前提〟とは何か?
それは、ぜひ本書『倫理とは何か』を読んで確かめてほしいが、著者の永井均氏の哲学・倫理学に対する、自分を決してごまかさない姿勢を目の当たりにすると、哲学や倫理学はたんなる教養や知識などではなく、自分自身の根源をストレートに問う知的営みなんだと実感する。
なお、「M先生」の講義だけを読むと、プラトン、アリストテレス、ホッブズ、ヒューム、ルソー、カント、ベンサム、ミル、メタ倫理学、正義論のポイントがまとめられた、短い西洋倫理学史として読める。