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ウィトゲンシュタインがもたらした「言語論的転回」とは?
前回の記事「ハイデガー『存在と時間』をはじめて読む人にオススメの入門書&翻訳書&副読本」のなかで、ハイデガーが「20世紀最大の哲学者の1人だと言われている」と紹介したが、もう1人、「20世紀最大の哲学者」と言われているのが、ウィトゲンシュタインである。
ウィトゲンシュタインが「20世紀最大の哲学者」(の1人)と言われるのは、哲学の世界に「言語論的転回」をもたらしたからだ。
「言語論的転回」とは、意識が言語に先行するという「意識分析」から、言語が意識を構成するという「言語分析」へ転回したことをいう。
たとえば、あなたの目の前にコップがあるとする。
従来の哲学では、コップという存在の認識がまずあって、それで「コップ」という名前がつけられたと考えられてきた。
しかし、言語論的転回を経たあとは、「コップ」という名前があるからコップの存在を認識できると考えられるようになった。
つまり、ウィトゲンシュタインは、言語に先立つ意識はなく、また、意識に先立つ対象はないと考えたのである。
前期と後期に分けられるウィトゲンシュタインの哲学
ウィトゲンシュタインの哲学は前期と後期に分けられる。
前期哲学においてウィトゲンシュタインは、世界は言語によって表わされていると考えた。
つまり、言葉と対象は1対1の関係=「写像関係」にあり、自分自身の世界の範囲は自分自身が使っている言語の範囲と一致する。
よって、すべての出来事は言語として表され、それで自分の世界が形づくられている――
そう考えたのである。
この前期哲学の考え方が示されているのが、『論理哲学論考』である。
その後、ウィトゲンシュタインは、前期哲学における考え方を180度改め、言葉と対象は1対1の関係にはなく、どんな生活をしているか=「生活形式」に従って意味が決まってくると考えるようになった。
この考え方が、いわゆる「言語ゲーム」論である。
そして、言語ゲーム論が展開されているのが『哲学探究』なのである。
オススメの入門書
ウィトゲンシュタインの哲学は、前期から後期にかけて大きく変化した。
そのため、写像関係論と言語ゲーム論そのものの理解もさることながら、なぜウィトゲンシュタインの哲学が変化したのかを理解することが、ウィトゲンシュタイン哲学入門のカギとなる。
なぜなら、その変化の理解こそが、そのままウィトゲンシュタインの問題意識の解明に通じるからだ。
その理解を得るにふさわしい入門書が、橋爪大三郎氏の『はじめての言語ゲーム』である。
橋爪大三郎氏は社会学者で、言語ゲーム論を社会システム論として適用するのが目的のようだが、もっともわかりやすいウィトゲンシュタイン哲学の入門書となっている。
ウィトゲンシュタインがどのように生き、何に悩み、そしてどう考えたか、また、なぜ考え方が大きく変わったのかということが明確に示されている。
本書『はじめての言語ゲーム』は、とにかく記述が平易なのが特徴だ。
橋爪大三郎氏は、『はじめての構造主義』や『政治の哲学』などでもそうだが、特に入門書においては、むずかしい内容でも専門用語を使わず、日常的な言葉で記述する。
専門用語を使う際には、必ずわかりやすい解説が添えられる。
その書き方が、本書『はじめての言語ゲーム』においてもいかんなく発揮されており、文字どおり中学生からでも読むことができる。
『論理哲学論考』:オススメの解説書と翻訳書
ウィトゲンシュタインの著作は、独特な構成と文体から成る。
『論理哲学論考』では、「1」「1.1」「1.11」「2」……と番号がふられた箇条書きの文体が、延々と続く。
まとまって意味をなしている箇所もあるが、そのまま読んでいっても、何がなんだかわからない。
良質な解説書の助けが必須である。
『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』
著者は、『まったくゼロからの論理学』『哲学の謎』など数多くの著作がある哲学者の野矢茂樹氏である。
その野矢茂樹氏が、『論理哲学論考』に通底するロジックを、著者なりにできるかぎり明確に示しているのが、本書『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』である。
〝自分のゼミに参加しているかのような体験をしてほしい〟という想いで書いたらしいが、まさにそのとおりの出来となっている。
2006年の刊行以来、ロングセラーとなっているのもうなづける。
『ウィトゲンシュタイン 論理哲学論考』(シリーズ世界の思想)
著者は、ウィトゲンシュタイン研究が専門で、『はじめてのウィトゲンシュタイン』という著作もある古田徹也氏である。
その古田徹也氏が、ウィトゲンシュタイン哲学や、その理解の前提となる哲学と論理学に関する知識がまるでない読者でも理解できるように、『論理哲学論考』の「骨」となるポイントをていねいに解説しているのが、本書『ウィトゲンシュタイン 論理哲学論考』である。
その代わり、論理学や数学の知識が要求される箇所は省略されているが、わかりやすさはピカイチである。
『論理哲学論考』の解説書として、〝第2の定番〟となるだろう。
オススメの翻訳書
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の翻訳は、いくつかの出版社から刊行されているが、そのなかでも岩波文庫版と光文社古典新訳文庫版が、どちらも手ごろ、かつ、良訳である。
なのに、光文社古典新訳文庫版のほうを推すのは、原文のニュアンスに忠実だからということもあるが、冒頭に収録されている哲学者・野家啓一氏による解説「高校生のための『論考』出前講義」が理解の大きな助けになるからである。
野家啓一氏の解説を読むためだけに光文社古典新訳文庫版を買ってもいいくらいだと思う。
『哲学探究』:オススメの解説書と翻訳書
ウィトゲンシュタイン後期哲学の代表作『哲学探究』も、『論理哲学論考』同様、番号がふられた箇条書きの羅列である。
内容にはある程度のまとまりがあり、言語ゲーム、論理学、規則、私的言語、心理学に大別される。
そして、そうしたテーマに即して、自分の問題意識をとことん書きつづっているのが特徴だ。
『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』
著者は、ウィトゲンシュタイン、ホワイトヘッド、ベルクソンといった英米哲学が専門で、『ウィトゲンシュタイン、最初の一歩』といった良質な入門書を著している哲学者・中村昇氏である。
本書『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』は、『哲学探究』を始めから終わりまでまんべんなく解説しているわけではない。
693ある箇条書き=節のうち、1-40節、65-71節、243-258節に絞り、1節ずつていねいに解説している。
『哲学探究』のうちの1割程度しか取り上げられていないにもかかわらず、ウィトゲンシュタイン後期哲学の特徴がはっきりわかるように書かれている。
ウィトゲンシュタインの人柄や生き方がわかる記述もあり、入門書にふさわしい。
『続・ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』
本書『続・ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』は、上記『ウィトゲンシュタイン『哲学探究』入門』の続篇である。
143節「意思疎通の可能性」から336節「純粋な文」が対象で、取り上げられているのは、そのうちの20節だ。
約1割の節しか取り上げられていないにもかかわらず、ウィトゲンシュタイン後期哲学の特徴がはっきりわかるように書かれてあるのは、前著同様である。
2冊を読めば、『哲学探究』を読むための事前準備は充分に整うだろう。
オススメの翻訳書
『哲学探究』の翻訳でもっともオススメなのが、講談社版である。
訳者は、『ウィトゲンシュタインはこう考えた』などの著作があるウィトゲンシュタイン研究の第一人者・鬼界彰夫(きかい・あきお)氏だ。
この講談社版が他の『哲学探究』の翻訳書と大きく異なるのは、『哲学探究』という書物が暗にもつ全体的構造のなかで、1つ1つの節がどのような位置にあり、また、お互いどのように関連しあっているのかを、見出しや注を挿入することによって明示した点だ。
そのため、「できるだけウィトゲンシュタインの哲学的思考が明確になることを心掛けました」(「訳者まえがき」)という訳文そのものの効果とあわせ、他の翻訳書よりも確実になじみやすくなっている。