長野・高遠の「石仏ガチャ」
2022年8月17日(水)、毎日新聞のニュースサイトで、「どの種類が当たるか運次第 『石仏ガチャ』が大人気 長野・伊那」という記事を目にしました。
「石工の里」として有名な長野県伊那市高遠町(たかとおまち)で、「石仏ガチャ」が人気だという内容。
「石工」(いしく)というのは〝石材を加工する職人〟のことで、「ガチャ」というのは〝カプセルに入ったトイ(おもちゃ)がランダムに出てくる自動販売機〟のことです。
石仏ガチャでは、江戸時代に「旅稼ぎ石工」として全国に名をはせた「高遠石工」の第一人者・守屋貞治(もりや・さだじ、1765-1832)が彫った石仏のうち、高遠に残る代表作をトイにしています。
高遠町は、ぼくの家から車で90分も走れば行ける距離です。
ぼくは記事を読むやいなや、〈これは行かねばならぬ!〉と、すぐに高遠行きを決断したのでした。
「石仏ガチャ」をゲット!
翌日。
まず、伊那市高遠観光案内所へ向かいました。
石仏ガチャの設置場所です。
案内所の入口のすぐ左横に、石仏ガチャが2台置いてありました。
右のガチャで出てくるトイは、不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)、延命地蔵菩薩、大聖不動明王に加え、どの石仏をモデルにしているかわからない「シークレット」の4種類。
2021年11月から販売している第1弾です。
左のガチャで出てくるトイは、馬頭観音(ばとうかんのん)、如意輪観音(にょいりんかんのん)、准胝観音(じゅんていかんのん)、千手観音(せんじゅかんのん)の4種類で、8月13日から販売しはじめたばかりの新作です。
ぼくは、新作狙いだったので、左のガチャに、まずは300円を投入し、ハンドルを回しました。
ところが、ここでアクシデントが……。
いくらハンドルを回しても、カプセルが出てきません(汗)
やむなく案内所の女性職員の方に対応してもらいましたが、結局ガチャは直らず、「どうぞお好きなのをお取りください」と言われました。
そこで、ぼくは、もう300円を職員の方に手渡し、狙っていた馬頭観音と准胝観音をゲットしました。
何が出てくるかわからないガチャの楽しみは奪われましたが(笑)、欲しかった石仏を確実にゲットできて、結果的にはよかったと思います。
建福寺
第2弾の4種類の石仏のうち、馬頭観音、如意輪観音、千手観音は建福寺、准胝観音は桂泉院にあります。
そこで、まずは、観光案内所のすぐ裏手にある建福寺を訪ねました。
山門への階段の途中、左手に、いくつもの石仏が安置されています。
写真のような収蔵棟は全部で3棟あり、合わせて33体の石仏が安置されています。
これらは「西国三十三ヶ所観世音菩薩」を模した石仏です。
うまく撮れた石仏を、いくつか紹介します。
どの石仏も、思ったより保存状態が良好です。
そして、馬頭観音です↓↓↓
で、こちらがガチャでゲットした馬頭観音↓↓↓
本物のほうは格子が邪魔して、よく見えない部分がありますが、トイはよくまねてつくられています。
忿怒(ふんぬ)像好きなぼくには、たまらない逸品です^^
なお、33体の石仏の画像は、高遠石工研究センターの「西国三十三ヶ所観世音菩薩」のページで閲覧することができます。
また、建福寺には、守屋貞治の石仏が他にも何体か安置されています。
守屋貞治の石仏を一挙に見られるという点で、建福寺はベストスポットです。
桂泉院
建福寺から東へ車で5分。
対向車が来たら簡単にはすれ違えないような細い坂道をのぼっていくと、桂泉院があります。
桂泉院には、ガチャでゲットしたもう1つの石仏、准胝観音があります。
境内へのぼる階段の途中の右脇に、准胝観音はたたずんでいました。
一方、ガチャでゲットしたのはこちら↓↓↓
実物のほうは、風雨にさらされているせいか、彫りが浅くなっていて、細かい部分がわかりづらい箇所があります。
でも、トイを見れば、元来の姿がはっきりとわかりますね。
准胝観音と階段をはさんだ反対側には、延命地蔵菩薩があります。
とてもおだやかな表情をしています。
こちらは、すでに紹介したように、ガチャ第1弾のなかに含まれています。
案内板によると、この2体の石仏は、守屋貞治が56歳、1820年の造立で、貞治がいちばん脂が乗っていたときの作品だそうです。
完成したばかりの姿を見てみたかったですね。
守屋貞治の石仏は全国に点在
守屋貞治は、68年の生涯において、336体の石仏を彫りました。
その石仏は、伊那がある長野県を含め、1都9県(東京都、神奈川県、群馬県、山梨県、長野県、岐阜県、愛知県、三重県、兵庫県、山口県)に点在しています。
高遠石工は「旅稼ぎ石工」として名をはせましたが、西日本に作品が残る高遠石工は守屋貞治以外にはいないようです。
なぜでしょうか?
それは、貞治が仏道の師と仰いだ温泉寺(現在の諏訪市)住職の願王和尚が布教の先々で、貞治を推薦したからだと考えられています。
それだけ願王和尚は守屋貞治の石仏に惚れ込んでいたということなんでしょう。
あなたの住まいの近くにも、守屋貞治が彫った石仏があるかもしれません。
ぜひ探して、観に行かれてはいかがでしょうか。
*この記事は、一般社団法人高遠石工研究センターのサイトを参考にさせていただきました。