「万治の石仏」は山梨「首地蔵」とそっくりだった

「万治の石仏」は山梨「首地蔵」とそっくりだった
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長野県にも巨大石仏があった

下記リンク先の記事で紹介したように、山梨県には一風変わった地蔵たちが点在しています。

これらの地蔵は、みな、巨大な岩の上に地蔵の頭が乗っかっているという独特のスタイルで、甲府盆地に点在しているのが特徴です。

じつは、これら石地蔵、とりわけ山梨市にある「首地蔵」とそっくりの巨大石仏が、山梨県の隣の長野県にもあるのです。

今回は、その石仏を観に行きました。

「万治の石仏」とは?

めざす石仏は、「万治の石仏」(ばんじのせきぶつ)です。

長野県下諏訪町にあります。

諏訪といえば、7年ごとに行われ、大にぎわいする御柱祭(おんばしらさい)で有名な諏訪大社があります。

諏訪大社は、上社本宮、上社前宮、下社秋宮、下社春宮の4社から構成されています。

下諏訪町には秋宮と春宮があり、万治の石仏は春宮に隣接しています。

なので、車で行く場合は、春宮の無料駐車場に停めるのが正解です。

ぼくも、車を無料駐車場に停め、まずは春宮をめざしました。

諏訪大社下社春宮
諏訪大社下社春宮へ向かう参道

この日は、山梨の巨大石地蔵めぐりをした4日前と同じように夏真っ盛りの猛暑日で、少し歩いただけで汗が噴き出してきました。

諏訪大社春宮
諏訪大社下社春宮へ向かう参道

拝殿は、歴史を感じさせる古風で重厚な造りです。

参拝し、境内の西側の小道を砥川沿いに上流へ向かいます。

「万治の石仏」への道すがら
川ではしゃぐ若者たち

途中、地元の若者たちが川に入ってはしゃいでいました。

のどか。

春宮から歩くこと数分、案内板がありました。

「万治の石仏」の案内板
「万治の石仏」の由来が書かれた案内板

万治の石仏
明歴三年 諏訪高島藩主諏訪忠晴が諏訪大社下社春宮に石の鳥居を寄進しようとしました この仕事を請け負った石工がこの地にあった大きな石を加工しようとノミを入れたところ 石から血が流れだしました 驚いた石工は鳥居を造ることをやめ この不思議な石に阿弥陀如来仏を刻み 建立したと伝えられています
万治の石仏は その名のとおり「万(よろず)のことが治(おさまる)」万治を「ばんじ」と読み 物事をばんじまるく治めて 願いを聞いてくれるありがたい石仏として 広く人々の信仰を集めています
大きな自然石にちんまりと首が乗っているアンバランスな佇まいとユーモラスな表情が特徴的 日本が誇る芸術家 岡本太郎も万治の石仏を愛して止まず この石仏を拝むために下諏訪を何度も訪れました

さらに進むと、わりと新しめの別の案内板が立っていました。

「万治の石仏と伝説」の案内板
こちらは「万治の石仏と伝説」

万治の石仏と伝説
南無阿弥陀仏万治三年(一六六〇)十一月一日
願主明誉浄光心誉廣春
伝説によると諏訪大社下社(春宮)に石の大鳥居を造る時この石を材料にしようとノミを入れたところ傷口から血が流れ出したので、石工達は恐れをなし仕事をやめた(ミミ【原文ママ】の跡は現在でも残っている)その夜石工の夢枕に上原山(茅野市)に良い石材があると告げられ果たしてそこに良材を見つける事ができ鳥居は完成したというのである。石工達は、この石に阿弥陀如来をまつって記念とした。尚、この地籍はこの石仏にちなんで古くから下諏訪町字石仏となっている。
下諏訪町

さっきの案内板の簡易版&補足説明になっています。

左隣には、さらに、お参りのしかたが書かれた案内板が立っています。

「万治の石仏」のお参りのしかた
お参りのしかたが説明されている

観光協会と商工会議所が提唱する
「万治の石仏」お参りの仕方
一、正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる。
二、石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する。
三、正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する。
(春宮ともゆかりのある石仏です春宮へもお参り下さい。)
下諏訪観光協会
下諏訪商工会議所

お参りのしかたが変わっていますね。

アクティブです。

万治の石仏とご対面

予備知識を十分に得たところで、いよいよ石仏とご対面です。

「万治の石仏」遠景
遠目で見ても異様な存在感がある

〈いたぁ!〉

遠くから見ても、異様な存在感があります。

先客が拝んでいます。

「万治の石仏」正面
正面から見た万治の石仏

正対します。

山梨市の首地蔵とくらべてみます↓↓↓

首地蔵
正面から見た首地蔵

そっくりです。

さっきの案内板の記載によると、万治の石仏は1660年生まれとありました。

一方、首地蔵は、その案内板には何年という記載はありませんでしたが、甲府市の石地蔵の案内板には(石地蔵が)1707年生まれという記載がありました。

なので、首地蔵も、1700年前後に造られた可能性が高いと思われます。

同時代に造られた〝兄弟〟と言っても過言ではないでしょう。

「万治の石仏」の顔
万治の石仏の顔

まず、顔の半分を占めるデカい鼻に視線が行ってしまいます。

日本人離れしていますね。

同行の妻いわく、「モアイみたい」。

モアイ像
モアイ像

首地蔵のときと、まるで同じ感想です(笑)

その首地蔵の顔はこちら↓↓↓

首地蔵の顔
首地蔵の顔

長方形の輪郭が同じです。

「万治の石仏」横
横から見た万治の石仏

万治の石仏を横から見ると、岩の大きさがよくわかります。

横も首地蔵とくらべてみます↓↓↓

横から見た石地蔵
横から見た首地蔵

構造が完全に同一です。

ひととおり観察したところで、妻がお参りします。

「万治の石仏」お参り
万治の石仏はぐるっと3周してお参りする

妻は身長が160センチくらいです。

万治の石仏がどれだけ大きいかがわかるでしょう。

2メートル60センチあるそうです。

このあと、ぼくも、お参りしました。

願いごとは、サマージャンボ当選。

最後に「よろずおさめました」と念じたときは、当選を確信しました。

結果、当たりました!\(^o^)/

宝くじ
サマージャンボ当たりました!

3000円。

ケタ数と数字が若干違いました……(^^;

首地蔵との相違点

万治の石仏は、首地蔵との共通点がいくつかありますが、相違点もあります。

大きな違いは、首地蔵は名前のとおり地蔵菩薩ですが、万治の石仏は阿弥陀如来だという点です。

ホトケの種類が違うということです。

また、この点と関連して、万治の石仏には、胴体部分の岩に〝印〟(いん)が彫られています。

万治の石仏の印
万治の石仏の印相は(たぶん)上品上生

印相(いんぞう)は「上品上生」(じょうぼんじょうしょう)のようです。

阿弥陀如来独自の印相です。

阿弥陀如来が結ぶ印は9種類あって、極楽へ迎えるコースの違いを表すのですが、「上品上生」は最上級コースであることを示しています。

つまり、万治の石仏を熱心に拝めば、最上級コースで極楽浄土に往生できるということなのでしょう。

さらに、万治の石仏は、印の上には幾何学的模様が、印の下には衣や台座が彫られています。

山梨の巨大石地蔵とくらべると、だいぶ凝っていますね。

「万治の石仏」は山梨「首地蔵」とそっくりだった

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