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プラトン哲学を学ぶ意味とは?
哲学者・岸見一郎氏は、自身の著作『シリーズ世界の思想 プラトン ソクラテスの弁明』のなかで、次のように記している――
哲学という言葉もその概念もギリシアのものだからギリシア哲学を学ばなければいけないと何人もの先生にいわれました。そうしないと、いつまでも当てずっぽうのようにしか哲学を理解できない。
「はじめに」
ギリシア哲学の中核に位置づけられるのは、ソクラテス、プラトン、アリストテレスである。
このうち、プラトンの師ソクラテスは、1冊も著作を遺していない。
そのため、哲学の出発点とされるソクラテスの哲学は、ソクラテスについて書かれている著作を資料にしなければいけない。
その資料の大半を占め、かつ、もっとも重要視されているのは、プラトンの著作=「対話篇」である。
一方、アリストテレスは、プラトン哲学を批判しながら、自身の哲学を展開している。
つまり、プラトン哲学を学ぶことは、ギリシア哲学の中核を学ぶことに等しい。
さらに、19世紀から20世紀を生きた哲学者ホワイトヘッド(1861/2/15-1947/12/30)は、その著作『過程と実在』のなかで、「ヨーロッパの哲学伝統の最も安全な一般的性格づけは、それがプラトンについての一連の脚注からなっているということである」と述べている。
これは、これまでの西洋哲学はプラトン哲学の注釈にしかすぎず、現代哲学もプラトン哲学の影響下にあるということを意味している。
つまり、プラトン哲学を学ぶことは、ギリシア哲学の中核を学ぶだけにとどまらず、西洋哲学の中核をも学ぶということなのだ――
岸見一郎氏が先生から言われたことは、およそこうした意味だったのではなかろうか。
では、そんなプラトン哲学をはじめて学ぶ人は、どの入門書を読めばいいだろうか?
オススメの入門書
『プラトン哲学への旅』
プラトン哲学の最初の入門書としてふさわしいのは、『プラトン哲学への旅』である。
著者は、国際プラトン学会会長を務めた経歴をもつ納富信留(のうとみ・のぶる)氏である。
本書『プラトン哲学への旅』では、プラトンの著作としては「中期対話篇」に位置づけられる『饗宴』が取り上げられている。
『饗宴』は、「イデア」の認識が「エロス」(ギリシア神話に出てくる愛の神)の力によってもたらされることを論じた書だ。
ある饗宴(シュンポシオン:社交のための宴会)に参加したソクラテスをはじめ何人かの人びとが、エロスについて語り合い、その本質に迫るという形式と内容になっている。
そして、本書『プラトン哲学への旅』は、「旅を愛するプラトンの友、名もなき哲学の徒」(「第一話 誘う」)と名のる語り手の「私」とともに、この『饗宴』の世界へ「トリップ」し、その〝現場〟を体験するというつくりになっている。
著者の納富信留氏は、こうしたつくりを試みた狙いを、「まえがき」でこう語る――
哲学はたんなる理屈や思想ではなく、言葉で徹底的に探究した彼方に生まれる人間の可能性でした。したがって哲学は、たんに頭のなかで考えられた情報ではなく、私たちが生きていく現場であり、体験そのものです。本書で私は、ギリシアで展開されたそのような哲学を、できるだけ蘇らせようと試みます。
本書『プラトン哲学への旅』を読めば、哲学の本質である対話を疑似体験することができる。
また、西洋哲学に大きな影響を与えた「イデア」について、それが対話のなかでどのように語られているのか、目の当たりにすることができる。
小説を読むように読めるから、初学者にはとっつきやすい。
画期的なプラトン哲学の入門書だと思う。
『プラトン』(岩波新書)
『プラトン』の著者は、古代ギリシア哲学の第一人者であった斎藤忍随(さいとう・にんずい)氏(1917/5/6-1986/1/21)である。
1972年に刊行されたロングセラーで、第23回芸術選奨文部大臣賞を受賞している。
プラトン哲学を生み出した古代ギリシアの精神風土、とりわけギリシア神話との関係をしっかりと描いている点、そして、死という視点からプラトン哲学をとらえている点が、大きな特徴となっている。
『プラトン入門』(ちくま新書、ちくま学芸文庫)
『プラトン入門』の著者は、『はじめての哲学史』『哲学とは何か』『ニーチェ入門』など数多くの著作がある竹田青嗣(たけだ・せいじ)氏である。
プラトン哲学は〝絶対者〟や〝真理〟といった超越項を西洋哲学に導入した元凶だとして、理性主義や客観主義への自己批判を唱える現代思想から批判された。
しかし、こうした批判は「プラトンの思想の核心を十分くみとった上での批判とはとうてい思えない。それはいわば、通俗プラトン思想に対抗する、通俗プラトン批判なのである」(「序 反=プラトンと現代」)と、竹田青嗣氏は言う。
そして、そうした批判にあらがって、現象学の独自の解釈にもとづきながら、プラトン哲学から「異なった人間どうしが言葉を通して共通の理解や共感を見出しうるその可能性」(「序 反=プラトンと現代」)の原理を取り出そうと試みる。
初学者でも知的興奮を味わえる本書『プラトン入門』は、プラトン哲学の基礎を学ぶための入門書というよりも、〝プラトン哲学の新しい姿〟を案内する入門書だ。
オススメの対話篇
プラトンの対話篇は、すでに『ソクラテスの弁明』と『饗宴』を紹介している。
上記2作と並んでオススメなのが『メノン』である。
これは、プラトンの「初期対話篇」のなかに含まれる1作である。
〝ソクラテスの問答法は具体的にどういうものか?〟〝哲学をどこから始めればいいか?〟ということの見本が示されている。
「光文社古典新訳文庫」版の訳者である渡辺邦夫氏は、「訳者まえがき」のなかで、本書『メノン』をこう評価している――
これだけの短さなのにこれだけの新しい豊富な内容が含まれていて、その内容から、「プラトン哲学」として後に代表的な教説として知られるものが生まれた。そしてそのプラトン哲学の内容は激しい論争を生み、草創期におけるこの論争が大きなきっかけとなって、西洋哲学の豊かな内容がかたちづくられたとも言える。この意味で『メノン』は、これひとつで西洋哲学全体の個性的な導入にもなるような、貴重な作品である。しかもこの作品は、『プロタゴラス』とあわせて英訳した二〇世紀の代表的古典学者ガスリーが評したように、「プラトン対話篇のなかでももっとも楽しめて、もっとも読みやすい作品に属する二作品」のうちの一つである。