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ヘーゲルの著作も(カントの著作同様)むずかしい(汗)
近代哲学の頂点がカントなら、近代哲学の到達点はヘーゲルだ。
デカルトから始まった、理性を土台に据えた哲学の展開が、カントを経て、ヘーゲルで完成を見たということである。
だから、近代哲学について学ぼうとするなら、ヘーゲル哲学の理解は必須である。
いや、現代哲学について学ぼうとする場合でも、ヘーゲル哲学の理解は必須である。
なぜなら、現代哲学には、ヘーゲル哲学への批判という側面があって、ヘーゲル哲学を知らないと、なぜそんなことを言うのかピンとこないことがあるからだ。
なのに、カントの著作同様、ヘーゲルの著作もかなりむずかしい(汗)
初学者がいきなり読んで歯が立つ代物では決してない。
まず、ヘーゲル哲学の論理をつかんだうえで、その著作にいどんでいくのが正道だと言える。
オススメの入門書
大型書店に行って、哲学コーナーの棚を見るとわかるが、ヘーゲルの研究書は、カントの研究書に負けないくらい数多い。
しかし、入門書となると、カントより圧倒的に少ない。
たとえば、哲学系入門書のラインナップが豊富な「ちくま新書」は、『プラトン入門』『アリストテレス入門』『デカルト入門』『カント入門』『ニーチェ入門』など、ビッグネームの哲学者の入門書はもちろんのこと、『メルロ=ポンティ入門』『バタイユ入門』『レヴィ=ストロース入門』といった、決してビッグネームではない哲学者の入門書までも取りそろえるが、この記事を書いている2024年4月現在、『ヘーゲル入門』はない。
ヘーゲルの入門書が少ないという事情は、なぜそうなのかはよくわからないが、この「ちくま新書」の状況に象徴されているように、ぼくには見える。
そうした限られたヘーゲルの入門書のなかで、オススメの入門書を紹介する。
『新しいヘーゲル』
『新しいヘーゲル』である。
著者は、ヘーゲルの講義録を弟子がまとめた『哲学史講義』『歴史哲学講義』の訳者である長谷川宏氏だ。
上記の翻訳書は、努めて日常的な言葉を使った意訳で、とても読みやすく、一般読者の評判がよい。
その長谷川宏氏が、ヘーゲル哲学の全体像をざっくり描いてみせている。
ヘーゲルが思考や理性をいかに重んじたかということがよくわかる。
ただし、本書『新しいヘーゲル』は、体系的な入門書というわけではなく、予備知識がなくてもヘーゲル哲学の輪郭がわかる〝入門書風エッセイ〟と言ったほうがよい。
しかし、それでも、初学者がヘーゲル哲学に気軽に触れられるという点では、貴重な1冊だと言えるだろう。
『ヘーゲルを読む』
『ヘーゲルを読む』である。
著者は、ドイツ哲学の研究者である高山守氏だ。
ヘーゲル哲学を、私たちが自由に生きるための哲学的根拠をさぐる「自由の哲学」ととらえ、〝自由に生きるとはどういうことか?〟という問いを、おもに『精神現象学』〓を参照しながら考えていくというスタイルをとっている。
本書『ヘーゲルを読む』は決してヘーゲル哲学の体系的な入門書ではないが、高山守氏の問題意識にもとづいてヘーゲルを読んでいくので、読者もいっしょに考えさせられるし(←これがいちばん重要)、そうやって考えていくうちに、ヘーゲル哲学の論理が理解でき、また、そのおもしろさもわかってくる。
その結果、〈自分もいっちょ、ヘーゲルの著作とやらを読んでみようか!〉という気になれる。
放送大学のテキストがベースになっているので、わりと読みやすい。
『ヘーゲル哲学入門』
『ヘーゲル哲学入門』である。
著者は、ヘーゲル研究者である寄川条路(よりかわ・じょうじ)氏だ。
上記で紹介した『新しいヘーゲル』と『ヘーゲルを読む』の2つの著作は、必ずしもヘーゲル哲学の体系的な入門書ではない。
一方、本書『ヘーゲル哲学入門』は、ヘーゲル哲学を体系的に学びたいという人に向いている。
ヘーゲル哲学の特徴に始まり、大学時代の同級生で詩人・思想家のヘルダーリンからの影響、弁証法の成り立ち、近代国家論、精神現象学、論理学などについて言及されている。
ただし、その記述は、ヘーゲル哲学をその著作から引用しながら再構成するといったものではない。
〝寄川条路氏のヘーゲル論〟的な論述となっている。
しかし、そのぶん、明確なヘーゲル像が描かれている。
巻末についている「用語解説」と「文献案内」は、これからヘーゲル哲学を学ぼうとする人に大いに役立つはずだ。
また、(本書出版時の)最新のヘーゲル研究の動向が紹介されているのも特徴である。