ハイデガー『存在と時間』をはじめて読む人にオススメの入門書&翻訳書&副読本

ハイデガー『存在と時間』をはじめて読む人にオススメの入門書&翻訳書&副読本

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目次

未完の書『存在と時間』の本来の目的とは?

ハイデガーは、20世紀最大の哲学者の1人だと言われている。

西洋哲学史において〝事物はどのような存在か?〟と問われることはあったが、〝そもそも存在とは何か?〟と「存在の意味」を問うたのは、ハイデガーがはじめてであった。

ハイデガーは、存在はさまざまに語られてきたが、その語られる対象となっている存在がいったい何であるか――「ある」という言葉を聞いて何を思い描くか――という「存在の意味への問い」は忘れ去られていると考え、自分がその問いに答えようとしたのである。

そのためにハイデガーが著したのが、『存在と時間』だ。

『存在と時間』は、序論、第1部(第1篇から第3篇)、第2部(第1篇から第3篇)という構成で構想された。

第1部第1篇では、人間というのは気づいたときにはすでに現に存在している「現存在」で、つねにある状況と関わっている「世界―内―存在」であるが、日常のなかに埋もれ、何かの目的を達するための道具だと自己了解し、「ひと」(ダス・マン)にすぎなくなっていることが語られる。

続く第2篇では、「ひと」から脱し、本来の自己了解を取り戻すには、「死」への不安を自覚することが必要で、そのためには「死」の可能性を先んじて了解する「先駆的決意性」をもつことが重要だと説かれる。

つまり、ハイデガーは、死を意識して時間の有限性に気づき、自分が「死へ向かう存在」だと自覚することが、人間本来の生き方をもたらすと考えたのである。

そして、次の第3篇では……と言いたいところだが、実は、公刊されたのは、第1部第2篇までである。

つまり、『存在と時間』は、全体の構想のうちの半分程度しか書かれていない未完の書なのだ。

こうした事情から、『存在と時間』は、現存在を分析した実存哲学の書として受け取られることになった。

しかし、すでに述べたように、その本来の目的は「存在の意味への問い」の解明にあったのである。

なお、未完の部分で何がどのように考察されるはずだったかは、その後の講義録や著作から推測することができる。

オススメの入門書

ハイデガーの『存在と時間』は、カントヘーゲルの著作同様、難解この上ない。

だから、いきなり『存在と時間』を読む前に、ハイデガーはどのような哲学を展開したのか、『存在と時間』がどんな内容なのかをざっと理解しておく必要がある。

そのためのオススメの入門書が、『ハイデガー』(入門・哲学者シリーズ)である。

著者は、『哲学マップ』『図説・標準 哲学史』といった哲学入門書を数多く著している哲学者の貫成人(ぬき・しげと)氏である。

『存在と時間』の内容だけでなく、ハイデガー哲学の全体像が、約130ページの分量のなかで、コンパクトに、とても平易な言葉で示されている。

ハイデガー哲学の入門書は数あれど、ダントツでわかりやすいと思う。

オススメの翻訳書

入門書で『存在と時間』に関する知識をひととおり身につけても、やはり初学者が読み進めるには、わかりやすい翻訳はもちろん、懇切丁寧な解説によるサポートが必要だ。

そうしたニーズに数ある翻訳書のなかでもっとも応えているのが、光文社古典新訳文庫版である。

各段落には、その段落の内容を要約した小見出しがつけられ、段落ごとに解説がついている。

だから、本文の筋を見失うことなく、訳者・中山元氏の手厚いサポートを受けながら、読み進めていくことができる。

解説は本文の1.5倍くらいあって懇切丁寧だが、それでも読み進めていくのは時間がかかる。

しかも、全部で8巻!

腰を据えてじっくり読んでいくのがよいだろう。

オススメの副読本

著者は、ハイデガーの研究者である轟孝夫(とどろき・たかお)氏である。

轟孝夫氏は、本書『ハイデガー『存在と時間』入門』の執筆に10年かけたという。

それは、ハイデガー独自の用語をできるかぎり避け、日常的な言い回しで解説するためだったらしい。

その尽力の結果、『存在と時間』の内容がかなり身近に感じられ、ハイデガーがどのように考えたのかも理解しやすくなっている。

400ページを超えるページ数だが、『存在と時間』と併読していくと、ハイデガーが何を言いたかったのかがクリアに見えてくる良書だ。

ハイデガー『存在と時間』をはじめて読む人にオススメの入門書&翻訳書&副読本

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