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「メタ倫理学」とは何か?
子どもに〝悪いことはしちゃいけないよ〟と教えて、〝なんで悪いことをしちゃいけないの?〟と質問されたことはないだろうか?
こんなときは、たいてい答えに窮して、〝とにかくしちゃいけないんだ!〟とか〝大きくなったらわかるから!〟などと言って、子どもの質問にまともに答えようとしない。
なかには、〝なぜこの子はこんなことを訊くのか?〟と困惑してしまう人もいるだろう。
実は、そんなことを訊く子どもは、「メタ倫理学」的な問いを発しているのだと言える。
ふつう倫理学は、〝なぜ他人に暴力をふるってはいけないのか?〟とか〝人間の受精卵の遺伝子操作はやってもいいのか?〟というような問いに対して、功利主義なら功利主義の、義務論なら義務論の、徳倫理なら徳倫理の原理や基準をあてはめ、その可否を判断しようとする。
このように、ある倫理学的な問いに対して独自の価値基準を適用し、〝答え〟を与えようとする立場を「規範倫理学」という。
また、その規範倫理学の基準を用いて、現在の私たちが直面している問題を考えるのが「応用倫理学」である。
一方、規範倫理学や応用倫理学の立場から一歩退いて、そもそも〝善とは何か?〟〝倫理とは何か?〟と問う立場を「メタ倫理学」という。
まさに、上記の子どもの質問をあつかうのがメタ倫理学なのだ。
メタ倫理学に入門するためのオススメの1冊
そんなメタ倫理学の入門書として最適なのが、『メタ倫理学入門』である。
著者は、『「倫理の問題」とは何か』『心とからだの倫理学』といった著作がある倫理学者の佐藤岳詩(さとう・たけし)氏である。
内容は、メタ倫理学の〝生みの親〟と言えるイギリスの哲学者G・E・ムーアから最新の議論にいたるまでが網羅されている。
しかし、〝メタ倫理学史〟というスタイルでは決してない。
「真理にかかわる問題」「行為や感情にかかわる問題」「倫理の諸概念にかかわる問題」というメタ倫理学における主要な問題に即して、いろいろな学説が紹介されている。
「真理にかかわる問題」とは、「倫理の問題に答えはあるか」「倫理的な事柄は普遍的か」というような「答えを出すことが難しい問題」である。
「行為や感情にかかわる問題」とは、「倫理的な判断とは何か」「倫理的な判断は人を動かす力をもつか」というような「道徳的な発言や判断がもつ意味」に関する問題である。
「倫理の諸概念にかかわる問題」とは、「倫理とは何か」という問いに象徴されるように、「倫理にかかわるあらゆる語の意味や概念の機能、由来や源泉などを問う」問題である(以上、「第一章 メタ倫理学とは何か」)。
こうした問題に即して、道徳の実在論/非実在論、自然主義、表出主義、認知主義などの各学説が紹介され、その長所と短所がバランスよく論じられる。
そのため、それぞれの学説の〝位置関係〟が明快で、理解しやすい。
その一方で、入門者としては、偏りのない理解を得られるという点で、また、自分が常日頃、道徳についてどう考えているかという自省のきっかけにもなるという点で、本書『メタ倫理学入門』は大いに役立つはずだ。
むずかしく感じられる箇所もあるが、専門用語ではないふつうの言葉で書かれているので、よく読み込めば、必ず理解できる。
メタ倫理学を学ぶ意味とは?
ところで、メタ倫理学を学ぶ意味はどこにあるのだろうか?
メタ倫理学は、道徳の〝そもそも〟を問う。
しかし、〝そもそも〟を問うのは、メタ倫理学に限らない。
およそ哲学は、ことがらの〝そもそも〟を問う。
そんなことはわかっているが、それでも〈なぜ?〉と思ってしまう。
ぼくがひそかに抱いていた疑問だ。
その〝答え〟は、「あとがき」のなかに書かれていた――
あるとき、私のメタ倫理学の授業を受けた学生の一人に「こんなこと、考えてもいいんですね」と言われたことがある。「こんなこと、考えちゃ駄目なんだと思っていました」と。
(中略)
さて、あらためて、冒頭の発言に戻ろう。道徳のそもそもを問うことを禁じられた世界で育ったその学生は、「こんなこと、考えてもいいんですね」と言った。なるほど、誰も道徳に疑問を抱かず、皆が教えられた通りに善いことをして悪いことを避ける。それに反する者は異端として排除される。それでまわる完璧な世界は、万人の万人に対する闘争たる自然状態よりマシなのかもしれない。
しかし、そんな世界は健全なものだろうか。私にはそうは思えない。倫理とは生き方全体にかかわるもの、あるいは生き方そのものなのだから、仕組みが分からなくても動きさえすればいい自動車とはわけが違う。私たちの人生が道を外れたとき、誰も代わりに運転してくれなどしないし、私たちの人生が壊れかけたとき、誰も代わりに修理してくれなどしない。
(中略)
だいたい、たまには道を外れてもいいのが人生というものだ。その上で、やっぱり道を走ることが大事だと思えば、また戻ればいいし、みんなが走る道は地獄行きだなと思えば自分で道を切り開けばいい。だが、そうするためには、言われた通りにするだけではなく、たとえ苦しく困難だとしても、一度は自分自身で、倫理について、世界について考えることが必要だろう。だから、「存分に考えていい」のである。
メタ倫理学は、倫理学のなかでもマイナーな領域とみなされている。
しかし、メタ倫理学を学ぶ意義は、とても大きい。
そんなメタ倫理学の世界を、本書『メタ倫理学入門』でぜひ垣間見ていただきたい。