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カントの著作はむずかしい
近代哲学の祖がデカルトなら、近代哲学の頂点はカントである。
近代哲学の特徴をつかもうとすれば、デカルト哲学と同じように、カント哲学も理解しておかなければならない。
倫理学を重点的に学びたい人も、カント哲学の理解は必須だ。
なのに、カントの主著=『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』は、デカルトの著作とは対照的に、難解きわまりない(汗)
デカルトの代表作である『方法序説』は、哲学の予備知識がなくても、スラスラとまではいかないが、わりとスムーズに読むことができる。
一方のカントの主著は、あらかじめ予備知識がなくては読むことができない。
だから、カントの著作を読もうとする人は、まずカント哲学の全体像や考え方の基本をつかめるような入門書を読んでおいて、そのあと、わりと読みやすい著作から主著へと読み進めていったほうがよい。
オススメの入門書
『自分で考える勇気』
『自分で考える勇気』は、もっともわかりやすいカント哲学の入門書である。
著者は、カント哲学研究が専門の哲学者・御子柴善之(みこしば・よしゆき)氏だ。
書名からわかるように、本書『自分で考える勇気』は、読者に自分で考えることの大切さを勧めるものだが、それがカント哲学に即して語られているので、同時にカント哲学入門にもなっている。
カントの生い立ちから始まり、『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』の内容の解説が続き、最後に『永遠平和のために』が解説される。
その解説は、中高生を読者対象としているだけあって、かなり平易である。
たとえば、カント哲学のキー概念である「ア・プリオリ」と「ア・ポステリオリ」については、次のように解説される――
私たちがなにかを経験するという事態が成立するとき、そこには、経験に依存しないこととまさにその経験に依存することの両方がかかわっているとカントは考えます。どちらか一方ではないことが重要です。このとき、認識の源泉にかんして、経験に依存しないことをア・プリオリ、経験に依存することをア・ポステリオリと表現します。これはラテン語で、「より先なるものに基づいて」と「より後なるものに基づいて」という意味です。
「2章 『自由』なくして善悪なし」
ただし、カントは前者の意味を厳密に考えます。たとえば、手に持っているボールから手を離せばそのボールが落下することは、実際にやってみて経験しなくても分かりますが、それは厳密な意味で「ア・プリオリに分かる」ことではありません。ボールが重いことは、まず経験することによってはじめて分かるからです。
したがって、ア・プリオリには「いかなる経験にも依存しない」という強い意味が込められていることになります。カントは、普遍性と必然性を保証するものは、このようなア・プリオリをおいて他にないと考えます。そして、それを人間の認識の「形式」に見出すことが、カント批判哲学の重要な仕事なのです。
本書『自分で考える勇気』では、こうしたふつうの言葉による平易な解説で、カント哲学の全体像が描かれている。
カント哲学は初めてという人に、ぜひ最初に読んでいただきたい。
『カント入門講義』
『自分で考える勇気』を読んだら、次にオススメなのが、『カント入門講義』である。
著者は、前回の記事「デカルト哲学をはじめて学ぶ人にオススメの翻訳書&入門書」で紹介した『デカルト入門講義』と同じ冨田恭彦氏だ。
カントが『純粋理性批判』で説いた、カント哲学の核心である「超越論的観念論」を、とてもくわしく、ていねいに、平易に解説している。
「超越論的観念論」が、どのような時代背景のもとで、どのように成立し、どんな構造をもち、どう発展したのか、一望できるのが特徴だ。